第四話:ジュエリー販売による神の助け

イケゾエロミオは考えに考え抜いた判断のもと、セレクトショップのリアル店舗( 姫路駅前店 )を閉店させ、ネット通販のみの店舗運営に切り替えた。

業務地は姫路市南部の飾磨という港町の小さなマンションの一室だ。

ネット通販での取扱商材は、ルイ・ヴィトンやエルメスなどの中古ブランド品ではなく「ノーブランドのジュエリー」とした。取扱理由は鑑定をとれば、予め偽物を排除できる素材だからだ。

商標権違反の件からイケゾエロミオは真贋に誰よりも神経をとがらせた。

中古ブランドからジュエリーへと商材を切り替える旨を中国深圳市にいるイケゾエガレに相談したところ、ガレの知人に真珠を取り扱う業者がいることを教えられ、中国製のアコヤ真珠を大量に仕入れることになった。

ロミオは兄ガレから届いた真珠の現物を確認し、品質を確認した。

そしてガレの言葉を信じ、中国から大量の真珠ネックレスの仕入を行った。

資本の関係上、仕入れるうえで予め売約済みにしておく必要があったため、契約している大手ECサイトの広告商品として真珠のネックレスを予約注文することを確定させた

あとは商品が届き次第、発送作業をすれば問題ない段階までたどり着いた。

しかしそこに大きな落とし穴があった

真珠の品質が悪かったのである。

おおまかにいえば「良品8割、粗悪品2割」という具合だ。

粗悪品2割といえば、日本の品質管理の常識では一切通用しない。

当然ECサイトでの評判が悪くなり、店舗の信用がガタ落ちになった

イケゾエロミオは、大阪の宝石専門学校でジュエリーの知識があったが、この時まで本物のジュエリーに触れたことがなかった。

いわゆる「机上の宝石商」であったといっても過言ではない。

イケゾエロミオはジュエリーの品質をお客様から教えてもらったといってもよく、「今から宝石商として仕切り直しの再スタートだ」との思いから信用が落ちたネット店舗を改装し、新しい店舗を一から作り直した。

しかし大いなる収穫、いや実りある収穫も確かにあった。

イケゾエロミオは「ジュエリーにおける需要の底堅さ」を実感したのだ。

一方でイケゾエガレはイケゾエガレなりに新規路線を開拓していた。

中国のある有名投資企業(投資会社は香港市に拠点を置き、事業会社は深圳市に拠点を置いている)がスペインの中堅ブランドのライセンスを期間限定で取得しており、その商品を販売できる権利を得たのである。

一か月後、ガレは香港から日本にそのブランド商品を輸出するための会社を興した。

そしてM&A仲介サイトを通じて、東京の不動産会社勤務のある人物と出会った。

不動産会社勤務の男S氏は、米国の投資銀行リーマン・ブラザーズ・ホールディングスが直接出資する恵比寿ガーデンプレイスタワーを本拠地とする不動産会社に勤務しており、その子会社として起業する予定だった。

そこでガレはS氏と協業し、スペインの中堅ブランドのライセンスビジネスを開始した。

契約に基づいてイケゾエガレは多くのライセンス商品を仕入れた。

香港の事務所はその製品がいたるところあふれ、従業員が歩けないほどに積まれていた。

「○○不動産のSです、イケゾエガレさんですか? 販売網は問題なく完成したので商品を送って下さい!」

S氏の言葉を信じ、ガレは現地法人の佐川急便を通して、500万円分の商品を送った。

その矢先だった。

ライセンス保有の中国企業からガレに一報が入った。

中国とスペインブランドメーカーとの契約において「ライセンス料の問題から自動更新は行わない」とのことだった。

通常、ライセンス契約期間は5年間だ。

残りの1年を残して相手は「中国におけるブランディングの関係から更新は行わない」と通達してきたわけだ。

まさにビジネスがうまく運んでいたかのように思えていた矢先の悲報ともいえる。

ライセンシー事業に期限があることを東京のS氏に伝えると、彼からの連絡が以後途絶えた。

当然、ガレがS氏に送った500万円相当のライセンス商品の返品の連絡は一切ない。

これが意味するところはライセンシービジネスのとん挫であり、商品の持ち逃げだった。

それから数か月後、あの悪名高いサブプライムローンを発端とするリーマンショックが米国で起きた。

それは怒涛のうねりとなり、全世界に衝撃が奔った。

米国の名だたる銀行や証券会社、不動産会社も次々と倒産し、その波及は日本にも及んだ。

イケゾエガレがパートナーシップを組んでいた東京の不動産会社も例外ではなかった。

リーマン・ブラザーズ・ホールディングスが出資を瞬時に引き上げた結果、階段を転げ降りたかのように数か月後に倒産した。

その後、イケゾエガレは失意と悲嘆に暮れて、中国深圳市から帰国した。

父親が経営していた中古車の輸出業は極度の円高になり破綻した。

幸いにも事業負債がなかったためにリーマンショックの煽りを受けたといえども、非常に軽く済んだといっても良かった。

「ちくしょうめ! せっかく利益もでていたのに! リーマンのせいで赤字になっちまった!」

マサトは自分の悲運は嘆き、その責任をリーマンショックの責任にし、数年ぶりに帰国したイケゾエガレの姿をみても「おかえり」の挨拶もなければ、ガレをみるなり「さっさと働くんだぞ!」という言葉をかけるだけだった。

父親は知人を通じて大手スーパーマーケットの中でたこ焼き販売をする。

実父といえども経済を息子たちに依存し、自分はまったく努力をしないその姿勢には「因果応報」という言葉が似あう。

世にいう愚兄ならぬ「愚父」とも呼ぶべき姿がそこにあった。

リーマンショックから数カ月後たったある日のこと、ロミオの携帯電話がけたたましい音を鳴った。

電話の相手は大阪在住で既婚者の姉アヤコだった。

アヤコは夫と共にIT関連会社を経営しており、電話の内容は「あんた、ブランドの件片付いたんやってね。今日はあんたに人生大転換の話を持ってきてあげたよ、私に感謝しなさいよ!」というものだった。

要はアヤコの会社で印象派の巨匠クロード・モネや後期印象派画家ヴィンセント・ファン・ゴッホの複製画をネット販売するため、その描き手としてイケゾエロミオを指名してきたというわけだ。

イケゾエロミオはその依頼を快諾する。

しばらくの間、心のリハビリも兼ねてジュエリー販売業務はイケゾエガレに任せて、ロミオは絵画の複製画製作に専従する。

降りかかった艱難を乗り越えたイケゾエロミオは、姉アヤコとともに大阪で開催していたウィーン分離派の展覧会や地元の美術館開催の展覧会に足を運び、忘れかけた画家の魂を呼び起こした。

このときロミオは「やはりどこまでいっても私は画家だ。そのためにまず宝飾デザイナーとして生きよう!」と思った。

数カ月にもおよぶ美術館・展覧会も巡りも終えたロミオは、心をリセットしてガレとともにジュエリー販売に注力する。

大手ECモールでもジュエリー販売を行うべく、出店審査中に担当者から「イケゾエガレ名義の負債があるので、それをすべて支払ってもらえれば出店は許可します」との返事があった。

身に覚えのない負債金額は300万円だった。

これは一時期、ブランドライセンス事業の協業していた元不動産会社社員S氏が請求先をガレにしていたことによる不当な請求だった。

事の顛末はこうだ。

ガレが香港から東京のS氏に佐川急便にて送った500万円相当のブランドライセンス品、店頭販売価格は3000万円はくだらない。

S氏は音信不通になって数カ月の間に「ガレ本人の名義でライセンスブランド品を大手ECモールでひそかに売りさばき、約3000万円を荒稼ぎした」というわけだ。

しかも仕入代500万円をガレから踏み倒しただけでなく、支払手数料やテナント料をもイケゾエガレ本人宛に請求させるという大変悪質なものだった。

イケゾエガレ&ロミオが被った被害はあわせて約800万円だった。

二人の給料がようやくとれる矢先の事だった。

第五話
一発逆転劇に続く..。
最初から読むならコチラ