それは「リーマンショック」から数カ月後のある日のことだった。

突然、イケゾエロミオの携帯電話がけたたましい音を鳴らした。

電話の相手は姉アヤコからだった。

姉アヤコは大阪芸術大学を卒業後、神戸の小さなWeb制作会社に就職した。実績を積んだ彼女は何度かの大手上場企業を渡り歩いたなか、その一社で懸命に営業職として働いていた現在の夫と出会い、数年後に大阪にて結婚した。

一年前に結婚した彼女は夫とともにWeb制作関連会社を立ち上げており、気になる電話の内容は「あんた、ブランドの件片付いたんやってね。もう悪いことはするなよ。今日はそんなあんたに人生大転換の話を持ってきてあげたよ、私に感謝しなさいよ!」とドヤ顔で儲け話をもってきたわけだ。

そもそも姉アヤコが芸大を卒業できたのは、学費というよりも親からの仕送(生活費)を得ることができたのは、イケゾエガレ&ロミオ兄弟のたこ焼きで稼いだお金が原資だということを彼女は知らない。

親の威厳を保つため、また姉に教えることもないことから黙っているものの、ちなみに身内の儲け話ほど怪しい話はない。

それに彼女が言っていた「もう悪いことはするなよ」だが、私たちの名誉のためにあえて記載するが、あれは悪知恵が働く中国人に騙され、さらに反社会団体による脅迫を突っぱねた結果、日本の法律の裏をかかれた結果、起きた冤罪というよりは法を熟知した反社会団体だからの嫌がらせだ。

ブランド品や貴金属小売業界、いわゆるラグジュアリーな業界ほど反社会団体に狙われやすい業界はない。小売製品そのものが換金性が高いからだ。

電話の内容は宝飾業界とは、まったく違うものだった。

というのも姉夫婦の会社の一事業として、印象派の巨匠クロード・モネや後期印象派画家ヴィンセント・ファン・ゴッホの複製画をWeb販売するため、その描き手としてイケゾエロミオを指名してきたというわけだ。他人よりも自分たちが生産管理することができる人間を探し求めていたというわけだ。

そんな都合の良い人間がいるわけはないのだが、不思議なことに都合良くいたのだ。

それがイケゾエロミオ、彼はすべてを承知の上で姉夫婦からの依頼を快諾する。

ロミオが「都合の良い人間」として利用されることを理解したうえで、なぜ姉夫婦からの仕事を引き受けたかは簡単だ。

兄ガレが中国深圳・香港の武者修行から帰国したため、ジュエリー販売業務において自由になる時間ができたからだ。ロミオは束の間の休息とはいえ、しばらくの間、「心のリハビリ」も兼ねてジュエリー販売業務は兄ガレに任せ、自分は絵画の複製画製作に専従した。

姉もまたイケゾエガレ&ロミオ兄弟が置かれた状況、とりわけ「すべての原因は働かない父親にある」ことをひそかに母から聞いて知っていた。そのうえで降りかかった艱難を見事に乗り越えたロミオに労いの意味も込めて、「画家になる道」として複製画家の仕事を依頼したのだ。

「自分が芸大を卒業できたのも二人の隷属的労働と金銭的支援があったからだ」と姉アヤコは十二分に理解していた。守銭奴マサトとはそこは根本的に違う。姉アヤコはただ素直になれないだけであって、これは彼女なりの思いやりであり、姉として何もできなかったイケゾエガレ&ロミオ兄弟への贖罪でもあった。

弟ロミオは姉夫婦の勧めもあって、大阪で当時開催していた「ウィーン分離派の展覧会」や姫路市立美術館開催の展覧会等に足を運び、忘れかけた画家の魂を呼び起こしたというよりは、胸奥に寝静まる芸術家の魂を呼び覚ました。

ウィーン分離派の展覧会をはじめ、数カ月にも及ぶ日本中の美術館・展覧会巡りを終えたロミオ。

歴代の巨匠たちが描いた最高傑作はロミオの心を地から湧き上がらせるには十二分だった。

やはり芸術は生きる力を与え、人生に活力を与えるものだとロミオは真摯に思った。そしてこうも思う。
「画家と志同じくして宝飾デザイナーとしても生きよう! そうだ、俺は宝飾画家だ!」

ここに宝飾画家・宝飾デザイナー「イケゾエロミオ」が誕生した瞬間だった。

イケゾエロミオは美術館の中で産声をあげ、人生の度重なる艱難と苦難によって育てられ、それらを乗り越える心の強さをもった宝飾デザイナーなのだ。他の宝飾デザイナーとは根本的にそこが違う。

イケゾエガレ&ロミオ兄弟がジュエリー販売に注力する中、業務拡大のために大手ECモールでもジュエリー販売を行うため、ECモール営業担当の後押しもあって、某上場企業に出店審査依頼を出した。

無事に審査を通過したものの、出店審査担当者から「イケゾエガレ名義の負債があるので、それをすべて支払ってもらえればモール出店は許可します」との返事があった。

その金額は300万円、身に覚えのない負債金額だ。

まさに「寝耳に水」とはこのことで、審査担当者はやはり「イケゾエガレ名義の負債が300万円あります」と言い張る。どうやら詳しく調べていくと、これは元不動産会社社員S氏と協業していたときのモール内での販売手数料であり、しかも請求先をガレにしていたことによる不当な請求だった。

事の顛末はこうだ。

ガレが香港から東京のS氏の会社に佐川急便にて送付した500万円相当のブランドライセンス品、この参考市場価格は約3,000万円の価値はくだらない。

元不動産会社のS氏が音信不通になって数カ月、彼は「イケゾエガレ」として、某ECモールにて500万円相当のブランドライセンス品を売りさばいたのだ。しかも仕入代500万円をガレ本人から踏み倒しただけでなく、支払手数料やテナント料をもイケゾエガレ本人宛に請求させるという大変悪質なものだった。

なぜ他人がイケゾエガレに成りすますことができたのか、それはイケゾエガレと交わした契約書から市役所にて住民票等を委任状にて取得し、ご丁寧にも契約書の印鑑を偽造することができたからだ。ちなみに今は他人に成りすますこともできないので安心ではあるが当時はそれが可能だった。

役所の個人情報のセキュリティは非常に脆弱なものがあったのだ。

その結果、イケゾエガレ&ロミオ兄弟が被った被害はあわせて約800万円だった。それは二人の給料がようやくとれる矢先の事だっただけに衝撃は大きく、平穏は束の間の休息に過ぎなかった。

ちなみにこれは後日談ではあるが、元不動産会社のS氏はイケゾエガレに成りすましてこしらえた3,000万円を元手にして、中国人(インバウンド)を東京の民泊(S氏経営)に斡旋する訪日中国人専用の旅行会社を上海に興した。しかも東京都の次世代事業として認定され、東京都からの補助金4,000万円を受けたそうだ。

S氏は盗んだ悪銭を元手に事業を起こし、都民の税金に手にかけるという手癖の悪さは天性の才がある。

しかし全世界を覆ったコロナウイルスのパンデミックにより、S氏の会社は悪さをしてこしらえた金額以上の借金を背負ったそうだ。その後、彼の事業が行き詰ったかどうかは定かではない。

第六話
一発逆転劇に続く
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