今回は前回の記事「アントワープのダイヤモンド」を読んだ宝石専門学校生からの追加質問だ。
質問の内容から専門的な内容になるかと思うので、早速だが本題に入ろうかと思う。
前記事ではダイヤモンド研磨の聖地で知られるベルギー王国アントワープの立ち位置を論じたわけだが、今回は更に踏み込んだ内容だ。
ベルギー王国フランドル地方のアントワープ(正式名称:アントウェルペン)は、アントウェルペン州の州都であり、首都ブリュッセルに次ぐ同国第2の都市で知られる。
アントワープはその歴史と研磨技術、強固なユダヤ人コミュニティ関係から世界のダイヤモンド取引の中心地として知られる一方、原石のほとんどがロシアやアフリカで採掘されていることはご存じのとおりだ。
これは一般人でも知っている凡庸的な一般知識だと思う。
しかしインド共和国マハーラーシュトラ州の州都ムンバイ(和名:孟買)から北に240キロほどに位置するスーラトもダイヤモンド研磨の聖地であることは、専門家以外にあまり知られてはいない。
ムンバイはインド第二の大都市であり、首都デリーと共に南アジアを代表する世界都市の一つであることは諸君も知っているかと思う。
約700万人の人口数を誇るクジャラート州の州都スーラトは、現在の世界のダイヤモンド市場において重要な役割を果たしている。
具体的にどんな役割かといえば、地球上に流通するダイヤモンドの約90%がスーラトで加工されている事実である。
一部の大粒ダイヤモンド以外の小粒ダイヤモンドの研磨は、このスーラトで研磨され、そして世界に輸出されているわけだ。
名実とともにダイヤモンド研磨産業はアントワープからスーラトへと移行しているといえよう。
スーラト・ダイヤモンド取引所(SDB)は前回記事で論じたが、復習のためにもう一度論じようかと思う。
今回は詳しく論じたいと思うのでお付き合い願いたい。
SDBはダイヤモンドのカット職人から研磨職人、取引業者まで、約6万5000人以上のダイヤモンド専門家が集まる世界最大のダイヤモンド取引所だ。
今までは3時間から4時間をかけて、バーラト・ダイヤモンド取引所(BDB)があるマハーラーシュトラ州の州都ムンバイのオフィスまで通勤していたダイヤモンド業者たちは、1カ所でダイヤモンドのすべての取引が成立するSDBの誕生により、「時間」という概念から解放されるというわけだ。
SDBはグジャラート州出身で同州の州首相も務めたインド共和国のモディ首相による政策の一つでもある。
グジャラート州内の産業は州内で完結させることにより、州内GDPと産業の活性化を推し量っての取り組みである。
SDBの土地面積は約14万平方メートル(東京ドーム3個分)。
取引所を手掛けた設計事務所によれば、床面積は約66万平方メートルとなり、米国防総省(通称:ペンタゴン)を抜いて世界最大規模のオフィスビルだ。
総開発費用は320億ルピー(当時レートで約540億円)といわれるSDBの建物は広大な15階建ての複合施設だ。
大理石の床、ダイヤモンドのカットや研磨を行う小さな作業所としても利用可能な4700以上のスモールオフィス、エレベーター131台、従業員向けの飲食店、小売店、ウェルネス施設、会議室も併設されている。
特筆すべきは世界のダイヤモンド研磨の90%を担当しているスーラトは、ダイヤモンド研磨の聖地でも知られるが「ラボグロウンダイヤモンドの製造の聖地」のほうが有名ということだ。
ラボグロウンダイヤモンドは研究室で短期間で作られ、値段も半額以下と安価で知られ、もはや世界ダイヤモンド市場を塗り替える勢いである。
基本的なラボグロウンダイヤモンドは、ダイヤモンドの「種(シード)」となる結晶に大きな圧力をかけて製造される。
地球内部の高圧状態を人工的に再現できる特殊な圧力発生装置が使用され、種結晶からわずか8週間ほどでラボグロウンダイヤモンドが完成する。
そしてダイヤモンド研磨、売買取引の成立をもってして世界中に輸出されるというわけだ。
それを裏付けるように最新の統計によれば、インドのラボグロウンダイヤモンドの輸出額は2019年からの4年間で3倍に増加しており、世界市場におけるラボグロウンダイヤモンドのシェアは2018年は3.5%だったが、23年には18.5%に急成長している。
輸出量も2023年4月からの半年間(6カ月)で25%増加した統計がある。
統計から推測してラボグロウンダイヤモンドのシェアは今後も増加する見込みだ。
ラボグロウンダイヤモンドのシェア拡大に伴い、ダイヤモンド研磨産業もインドが牽引することになることは火に油を注ぐよりも明らかである。
多少うがった見方をすれば、SDBはインドがラボグロウンダイヤモンドを含めたダイヤモンド産業のリーディングカンパニーになるため、国家プロジェクトとして誕生した新しいダイヤモンド取引所といってもよい。
アントワープがダイヤモンド研磨の聖地であった頃、ダイヤモンド研磨にはダイヤモンドを使用していたが、スーラトがダイヤモンド研磨の聖地となった現在、ダイヤモンド研磨にはAIを駆使したレーザー研磨を使用している。
確かに一昔前まではインド人によるダイヤモンド研磨士(通称:カッター)が重宝されていたが、今はそういう時代ではない。
ダイヤモンド業界の産業革命により、時代の流れとともに研磨技術も場所も、またダイヤモンドの概念自体が変わっているというわけだ。
現在のダイヤモンド研磨職人は、生身の人間ではなくAI及びAI判断による自動研磨のシステムといえる。
以上が今回の質問「ダイヤモンド研磨はインドが主流ですか?」の私たちの答えである。
文:イケゾエガレ 編集:琳派編集部
ダイヤモンド研磨はインドが主流ですか?